奇跡の炭が食料自給率“実質ゼロ”の日本を救う…コスト減&脱炭素、収量もUP

●この記事のポイント
・TOWINGは、土壌改良資材「宙炭(そらたん)」の開発・量産を通じて、農業の構造を根本から変えようとしている。
・宙炭はアマゾンに存在する黒い奇跡の土「テラプレタ」に着想を得て開発された。土壌を改良し、農業におけるコスト削減を実現するのみならず、脱炭素にも貢献し、収量もアップする効果があり、まさに奇跡の資材である。
目次
- 「奇跡の土」を再現 名古屋大発農業ディープテックの挑戦
- 肥料・温室効果ガス・収穫単価——農業には課題が山積み
- 農業ディープテックが直面する3つの壁
- 地域の土壌に“最適解”を届ける、「宙炭」の競争優位性
- ディープテックに必要なのは“技術”だけではない
名古屋大学発のディープテック・スタートアップのTOWINGは、土壌改良資材「宙炭(そらたん)」の開発・量産を通じて、農業の構造を根本から変えようとしている。地域ごとの土壌に応じて設計を変えられる微生物・炭の技術、そして研究機関や企業との連携による社会実装力を武器に、国内外での課題解決を進める同社。創業者の西田宏平氏に、その挑戦と展望を聞いた。
「奇跡の土」を再現 名古屋大発農業ディープテックの挑戦
――TOWINGは、新たな土壌づくりによって農業の変革を目指すディープテック・スタートアップと理解しています。名古屋大学発の技術で、今も拠点は名古屋なのですね。
西田氏 はい。当社は名古屋大学や農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)で生まれた技術を社会実装するために立ち上げた会社です。拠点は名古屋に置きつつ、刈谷には研究農園と自社の量産プラントを構え、東京、アメリカ、東南アジアへと事業を展開しています。社員数は順調に増加しており、まもなく100名に達する見込みです。
掲げているミッションは、「サステナブルな次世代農業を起点とする、超循環社会を実現する」です。ビジョンである「グリーン&アグリ領域のプロフェッショナルカンパニーになる」を実現するため、食や環境の課題、さまざまなバイオマスを優れた農業資材に転換、SDGsに当事者意識を持って取り組み、同じ想いを持った人たちの輪を広げることを進めています。
――食や環境の課題と一言で言っても、非常に多くの課題があります。どのような社会課題に向き合っているのでしょうか。
西田氏 食品産業は、世界の温室効果ガス排出の2〜3割を占めており、環境へのインパクトが非常に大きい領域です。また、気候変動や化学資材の多用により、世界中の土壌の劣化が深刻化しています。肥料の原料である窒素やリンも有限資源で、かつ化石燃料由来のものが多く、日本はその多くを輸入に頼っている状況です。よく日本の食料自給率は3割といわれますが、肥料までたどれば、自給率は限りなくゼロに近い状況です。
こうした現実に対して、農林水産省は環境負荷を抑えた農業への転換を目指す「みどりの食料システム戦略」を掲げており、日本の食料生産は転換期を迎えています。これは日本だけでなく、欧米、東南アジア、南米など地域的な広がりを見せています。私たちは化学肥料への依存から脱却し、有機肥料へと転換できるインフラを構築しようとしています。
ただ、一方で環境再生型の農業に移行すると、面積当たりの収穫量が減少するという課題が生じます。また、有機肥料を主体とする栽培方式では、土づくりに時間がかかるうえ、収穫の安定性にもばらつきが出やすく、生産効率が下がる傾向があります。その結果、生産コストが上昇し、店頭価格は現在でも従来型の農業と比べて2倍から2.5倍に跳ね上がることもあります。
――御社の主力プロダクト「宙炭」は、そうした土づくりに関わる製品ですね。
西田氏 「宙炭」は、炭と微生物の力で土壌を甦らせる資材です。このプロジェクトの着想を得たきっかけは、アマゾンに存在する黒い奇跡の土「テラプレタ」。これは数千年前に人類が、有機物と炭を絶えず投入し続けたことで、長い時間をかけて作り上げた肥沃な土です。
当時投入された炭が発見され、持続可能な農業システムとして注目されたのですが、現代の技術をもってしても、その再現には数年から数十年を要することが明らかになりました。しかし、私たちは炭に自社の微生物培養技術を掛け合わせることで、わずか1カ月でテラプレタと同様の土壌改良を実現しました。保水性や通気性の向上、窒素の固定化、団粒構造の安定化——、それらすべてが土の再生につながり、その結果、収穫量や作物の品質の向上にも貢献しています。その資材を「宙炭」という商品名で販売しており、現在は国内にとどまらず、アメリカや東南アジアでも導入が進んでいます。プロジェクトを高速で回して実装し、効果を出すのがTOWINGの特長だといえます。
肥料・温室効果ガス・収穫単価——農業には課題が山積み
――TOWINGのビジネスモデルについてお聞かせください。
西田氏 複数の技術を組み合わせ、農家への導入データや培養手法を体系化することで、競合に対抗したプロダクト開発を行っています。また、「宙炭」の効果については、作物ごとにデータを取得し、収穫量の増加効果を確認していますが、農家の8割近くは成果が上がっています。
海外展開もすでにしています。米国では干ばつ対策としてバイオ炭が注目されているのですが、「宙炭」を掛け合わせると増収効果が上がることが確認されています。化学肥料から有機肥料に切り替えた際も、「宙炭」を掛け合わせると収穫量は下がるどころか、むしろ増収するという結果が出ています。
また、作物や地域に応じて余る、もみ殻、サトウキビの絞りかす、畜糞などを活用し、「宙炭プラント」で炭と微生物の土壌改良資材を製造しています。ディープテック・スタートアップは量産化の壁に直面しやすいなか、当社はすでに量産体制を確立している点も大きな強みです。
農家へ販売するだけでなく、使用に伴って発生するカーボンクレジットの管理も、当社が一括して担っています。農家にとっては、収穫量が上がり、化学肥料の使用も減る。一方で、地域の廃棄バイオマスも循環資源として活用できるサステナブルなモデルです。たとえば、野焼きによる大気汚染問題も、「宙炭」の技術で解決できることがあります。各農家のニーズに合わせてビジネスプロジェクトを展開したり、商品を販売したりする提案営業型のビジネスなのです。
――農家からはどのようなニーズが強いのですか。
西田氏 「土を良くしたい」と考える農家の方は多く、改良資材として当社の商品を使ってくださるケースは多いです。他方、カーボンオフセットを志向する大企業との取引のために、サステナブルな取り組みを行っている畑を増やしたいというニーズにも、数多く対応しています。
農業ディープテックが直面する3つの壁
――西田さんがこの事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
西田氏 大学でこの技術に出合ったことが、すべての始まりでした。名古屋大学理学部の地球惑星科学科にいましたが、水力発電や木質燃料といった再生可能エネルギー、さらに土壌微生物の分野にも取り組む研究室に所属しました。2017年当時は持続可能な農業に対するニーズがほとんどなかったため、卒業後はDENSOに就職しながら、副業として事業をスタートしました。2020年11月、正式に起業しましたが、当時はまだ市場も制度も整ってはいませんでした。
――創業後、どんな壁がありましたか。
西田氏 振り返ってみると、大きく三つの壁がありました。まずは、技術の社会実装。技術があるからこそ、多様なプロダクトの開発が可能になります。可能性が高いぶん、どれから開発すればビジネスが回るのか、ということには悩みました。
次に、人材の確保です。農業には物理、化学、生物のあらゆる知識と経験が必要になります。他方、農家への営業ができる人も必要ですし、プラント建設時には企業と連携してプロジェクトを立ち上げるため、アライアンス構築ができる人材も必要です。海外プロジェクトでは、海外展開できる人材も必要でした。そんな多様な領域をカバーできる人材を、スタートアップの段階でどう集めるかは悩みました。
もちろんスカウトサービスも利用しましたが、大学や前職のつながり、ビジネスコンテストや紹介など、信頼できる仲間を一人ずつ口説きました。人材に関して多額の資金を必要とするのは、ディープテックならどこも同じでしょう。「応援したい」ではなく、「共に挑戦したい」という意思を持つ人たちが集まったことで、壁を乗り越えることができました。
そして、量産の壁です。ラボスケールから量産スケールへの移行には、多くのハードルが立ちはだかりました。信頼できる協力先とともに、試作とデータを積み重ねるしかありませんでした。
――量産化の壁はどう乗り越えたのですか。
西田氏 他社とのアライアンスですね。株主でもあり、プラントエンジニアリング技術を持っているインフラ企業に技術支援をいただいたり、設備構成が近いたい肥プラントメーカーに色々教えていただいたり、という具合です。また、私たちの技術で課題を解決できる大手企業と連携し、共同開発プロジェクトをしていただいたこともありました。これが実現できたのは、創業初期に、アライアンス構築に強みを持つメンバーが加わってくれていたことが大きかったと思います。
地域の土壌に“最適解”を届ける、「宙炭」の競争優位性
――「宙炭」の競争優位性について、あらためて教えてください。
西田氏 最大の違いは、地域ごとの土壌や課題に応じて、炭の選定や微生物の設計を柔軟に最適化できる点にあります。TOWINGは現在までに600件以上の農家、60種以上の導入作物に対して宙炭の導入検証を行い、微生物培養試験を実施した炭の種類は350種以上、ほかにもさまざまな評価軸でデータ取得を行っています。未利用バイオマスを地域に最適な形でアップサイクルして、優れた土壌改良資材に切り替えることができるという「対応可能性」が強みです。
――なぜ他社にはできないのでしょうか。
西田氏 できないわけではなく、一部の機能は実装できるがすべて実装できる企業がないということです。炭素固定(大気中のCO2を何らかの方法で固定し、大気中のCO2排出量を減らす取り組み)はできるが、一方で土壌改良に関する技術がなかったり、あるいは限定的な対応しかできない企業が多くを占めています。
また、大企業も同様の開発を試みていますが、スタートアップのようなスピードが出なかったり、どうしても既存事業と自社競合してしまうため、イノベーションのジレンマが生じてしまったりするというのが現状です。
――TOWINGは、研究機関との連携も積極的に進めているそうですね。
西田氏 はい。名古屋大学をはじめ、全国の大学や研究機関と共同研究を展開しています。農業系の研究室は資金が乏しいことが多く、高度な分析装置の導入にも課題がありましたが、当社が関わって研究体制も確立しました。日本の基礎研究には非常に良いものがたくさんあります。研究者が技術を生み、私たちが社会実装を担う。役割を分け合いながら、頑張って農家にイノベーションを届けたいと思っています。
ディープテックに必要なのは“技術”だけではない
――できることがたくさんあるとなると、ボトルネックになるのはバイオ炭の生産量になりますね。
西田氏 そうですね。私たちのようなスタートアップがお金を集めて自社投資だけでプロジェクトを回すのには限界があります。ですので、課題を一緒に解決する企業と連携して、プラントを作りながらプロジェクトを回していくのが一つのやり方です。並行して、バイオ炭のプラントを自社で作っている事業者と連携して、彼らがバイオ炭を作り、私たちは微生物を培養し、それを農家に届けるという形で役割を分担しながらビジネスを進めていくことも想定しています。
――会社そのものに出資してもらうのではなく、個別のプロジェクトごとに資金を募るという形もあるのですね。ところで、ディープテック企業が成長するためには、何が大切だと考えていますか。
西田氏 良い技術を持っている場合、その技術だけで何とかしようとする企業が多いんです。実際は、良いチームを組んで普及させていったり、アライアンスを組んだりしていくことがディープテックにとっては特に大事なので、これから起業する人はそこに力を入れたほうがいいと思います。当社では現在、東南アジア、ブラジル、米国への海外展開を進めており、これらの地域に関心を持つ人材も募集しています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。
西田氏 農業、食、環境。その境界を越えて、社会の根本にある課題を、技術と仕組みで解決していきたいと考えています。課題をしっかりと解決し、同時にマネタイズも実現する。それが、私の故郷・滋賀で育まれてきた「三方良し」の精神に通じるものであり、農業においてこそ重要だと感じています。
そうした長期的なビジョンと並行して、私たちは足元の課題にも着実に取り組んでいます。現在、特に日本国内で深刻化しているのが、畜糞の問題です。畜産業は畜糞の処理や臭気の問題があるのですが、当社の技術と掛け合わせて解決を図っていきます。また海外では、日本よりもやせ細ってしまった土壌の改良を行っていきます。このままでは食料生産が追いつかず、飢餓に苦しむ人々がさらに増えていく恐れがあります。だからこそ、私たちは「持続可能な食料生産の場」を世界中に広げていく使命があると考えています。
(寄稿=相馬留美/ジャーナリスト)