「哲学クラウド」数字ではなく哲学で組織課題を解決…斬新なコンサルティング

●この記事のポイント
・株式会社ShiruBeが運営する哲学クラウドは、は、“哲学”を用いて企業の抱える組織課題を解決するという斬新なコンサルティングサービス
・目に見えている課題だけではなく、問題の本質に迫ることができるため、組織を根本的に改善できる点が、従来のコンサルティングと大きく異なる
株式会社ShiruBe(シルベ/東京都)は、“哲学”を用いて企業の抱える組織課題を解決していくサービス『哲学クラウド』を運営している。
このサービスは、社員同士のコミュニケーションが少なく新たなアイデアが生まれにくいと感じている企業や、組織内の方向性の不一致に悩んでいる企業などが主な対象。経営者や管理職が哲学の専門家と対話(1on1)、そしてチームメンバー全体と哲学者を交えた対話を通して相互理解を実現し、チームの理想像や目標を実現するために組織の一人ひとりが考えを深めていくプロセスによって、組織変革を促すことを目的としている。
哲学というとアカデミックな印象が強く、ビジネスの分野とあまり親和性がないと感じる方々もいるかもしれない。
しかし実は、アメリカやドイツといった欧米諸国では、1980年代ごろから哲学対話(深く考えることを目的に、特定のテーマについて参加者が自由に意見を交わす対話の方法)や、哲学コンサルティングが企業経営に取り入れられている。そして、『哲学クラウド』で組織課題に取り組む哲学者たちは、これらをいち早く日本で実践してきた経験を持つという。
ShiruBe代表の上館誠也氏が哲学をビジネスに用いるというアイデアを思い付いたのは、自身の生まれ育った環境がきっかけだったという。上館氏には旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の信者を親に持つ宗教二世というバックボーンがある。現在は信仰していないというが、その教義を越えるために必要だったのが、“自ら考える”ことを前提とする哲学だったのである。
本稿では『哲学クラウド』を運営する上館誠也氏に、サービス内容やクライアントからの声、また今後の展望などについて話を聞いた。
目次
- 株式会社ShiruBe代表取締役 上館誠也氏インタビュー
- 哲学の力によって、“本当に大切なこと”に向き合う社会を実現する
- 哲学の考え方を生かしたSECIモデルを、日本全体に普及していく必要がある
- 哲学コンサルティングの企業連合を作り、世界レベルでSECIモデルを循環
株式会社ShiruBe代表取締役 上館誠也氏インタビュー

――まずは『哲学クラウド』というサービスを始めた経緯について教えてください。
上館氏:ビジネスと哲学を連携させるという発想に至った経緯には、プライベートの側面とビジネスの側面の二つの背景があります。プライベートの側面については、僕の両親が旧統一教会の信者だったため、私がその教義のマインドコントロールから脱却するために、哲学の思想を参考にしていたという経験が関係しています。例えば、有名な哲学者のニーチェが残した「神は死んだ」という言葉など、哲学の持つ“元から存在する物事や考えの前提から疑ってみる”という姿勢や知性の在り方が、旧統一教会の教義を乗り越えることにとても役立ったんです。こういった体験が哲学への興味を最初に抱いたきっかけになります。
そしてビジネスの側面で言うと、大学在学中に創業した会社における“組織崩壊”の体験が関係しています。学生時代に複数のメンバーで『mikan』という英単語アプリの開発を行う会社を立ち上げ、業績は好調だったのですが、あるとき創業メンバー同士で激しい対立が起こってしまい、ビジネスが立ちゆかなくなったことがあったのです。この経験から、どんなにいいプロダクトがあったとしても、人や組織が育めなければ会社経営はできないんだということを痛感しました。
こうした経験からその後、企業の組織づくりに興味を持ち、リクルートなどのHRコンサルティング会社に入社して経験を積んでいきました。しかし、そこで人や組織の状態を数値化して課題を設定し、人事に関する業務を効率的に行う「HRテック」というシステムに違和感を覚えたのです。もちろんHRテックは素晴らしいのですが、このシステムでは数字以外の判断要素がなく、組織における本当に重要な要素まで行き届かないのではないか、と。
例えば他人の目が気になるといったことや、メッセージの既読無視が気になるといったような、人が集まって集団となったときに発生する普遍的な悩みについて、触れられていないのではないかと気付いたのです。実は、哲学は人類がこれまで抱えてきた組織における悩みについて深く考察している学問なのですが、哲学特有の難解な言葉のままだと、現代人には伝わりにくい。そこで哲学の思想をわかりやすい形でサービスに落とし込むことができれば、既存の組織支援サービスで見落とされがちな課題を発見することができるのではないかという気づきから、『哲学クラウド』が始まりました。
――定量的なアプローチとなるHRテックに対して、『哲学クラウド』は定性的に集団・組織の問題解決にアプローチできるということですね。
哲学の力によって、“本当に大切なこと”に向き合う社会を実現する
――では、『哲学クラウド』におけるミッションなどをお教えください。
上館氏:「哲学の力によって、“本当に大切なこと”に向き合う社会を実現する」ということをビジョンに掲げています。この“本当に大切なこと”というのは、簡単に言うと、目を背けてしまったり逃げてしまったりしがちな問題のことです。企業がきれいごとを抜きにしてそうした問題に真っ向から向き合って、本質を根本から見つめ直すという哲学的なプロセスをご支援させてもらっています。
例えば、これまでコンサルティングをしてきたメーカー企業のなかには、営業部門と開発部門が対立しているケースが多くありました。本来ならばユーザーの意見を聞く役割を担う営業部と、その意見を商品開発に反映すべき開発部は、密に連携していかなければならない。ですが互いの部門長が話し合いを避けてお互いに干渉せず、個々の部門が独立して何か新たな施策を実行するという、協力体制ができていないという事例がよくみられたのです。
こうして本来解決すべき問題から逃げ続け、きれいごとにすり替えるような“上辺だけのコミュニケーション”を重ねていったことが原因で、さらに別の問題を引き起こしてしまうということがよく起こっているのだと、コンサルティングをしていくなかで感じました。我々は企業とともに、これまで議論を避けてきた部分にフォーカスし、まだ見えていない本当の問題を発見することで、組織を改善しようと考えているんです。
――企業側にとっては、そういった“見たくないものに向き合う”サービスに「手を出しづらい」と感じてしまう可能性もありそうですが。
上館氏:選ばれるサービスとしての難易度が高いというのは初めから想定していますし、それでいいと思っています。『哲学クラウド』のクライアントの多くは、小手先のグロースハック(ビジネスを成長させるために確立された手法)や、斬新なキャッチコピーで売り上げを出すといったマーケティングレベルで悩んでいるのではありません。それらの施策をすでに試した結果うまくいっておらず、新しい次世代の革新的なサービスが作れないといった悩みを抱えていらっしゃる企業です。
そうした企業の経営者は、自分たちの組織が見えていない本質の問題に向き合わなければ未来はないと考え、『哲学クラウド』に興味を持っていただけるのです。そのため関心を示す企業の数は多くないかもしれませんが、そのぶんこのサービスの意義や意図に共感していただけるクライアントは、サービスの質に対する納得感の高さを重視しています。
そもそもコンサルティングというと、目に見える課題解決や改善を期待される企業が多いのですが、僕自身は何かに頼ったからといってきれいに問題が解決することは少ないと思っています。『哲学クラウド』は、きれいに問題を解決する“魔法のサービス”ではなく、クライアントとともに本質の問題について粘り強く最後まで考え続けることで、その企業にとっての次のステージを見つけるための手助けをするサービスだと考えているのです。
――哲学という、ビジネスとはあまり親和性がないという印象の分野を軸に事業化するにあたり、苦労などありましたか?
上館氏:言わずもがなですが、スタートアップは新しいタイプのビジネスを生み出す存在なだけに、「何をやっているのかよくわからない」と思われることが多く、そもそも事業化して高い収益を上げていくことが難しいものです。ただ、そんなスタートアップ業界のなかにおいて言うなら、実は『哲学クラウド』はクライアントの獲得における苦労という苦労はなかったんです。
経営者や経営陣といった企業のトップ層の方々と知り合い、『哲学クラウド』のサービス内容についてお話しすると「面白そうですね」と、興味を持ってくださる人が多かったからです。これは、現在のHRコンサルティングの主軸である“数字だけの評価”に対して疑問を感じつつある企業が増えているからこそ、哲学の考えを生かした新しい形のコンサルティングビジネスに期待してくださっている方が多くなってきているということだと考えています。
一方、サービスづくりの観点で苦労したことは、コンサルティングにおける哲学のデータベース化です。事業を始めたての頃は、もともとHRコンサルティングに従事していた僕自身の知見をメインに、哲学の要素を付け加えて収益を上げるスタイルでした。けれど最近はこれを逆転化させ、体系化された哲学のデータベースをメインにコンサルティングを進められるように努めています。
哲学の考え方を生かしたSECIモデルを、日本全体に普及していく必要がある
――『哲学クラウド』で今後、特に事業展開に力を入れたい分野をお教えください。
上館氏:日本の上場企業の64.7%は製造業の企業であり、日本はもともと「モノづくり大国」です。しかしながら、ここ30年近く日本は経済成長ができずに“失われた30年”を歩んでいるとも言われてしまっています。この失われた30年を取り戻すべく、新規事業における“モノづくりのための羅針盤づくり”は、『哲学クラウド』を使って力を入れて取り組んでいきたいです。
例えばとある大手メーカーの事例では、主力製品のスペックの進化が業界全体でほぼ頭打ち状態になっており、ユーザーが飛びつくような革新的な新製品が生まれなくなっているという難題を抱えていました。そこで弊社が協力してその製品の“進化論”をまとめ、これまでの変化を改めておさらいするとともに、100年後のその製品はどのような形になっているのかということを想像し、次世代の革新的製品のアイデアの“羅針盤”を作成したのです。このように既存のプロダクトの在り方から考え直すことで、未来を見据えた新しいサービス開発を行うという手法は、“前提を疑う”という姿勢を持つ哲学ならではのアプローチなのではないかと思います。
そして、そういった未来に向けた新たな製品やサービスを逆算して考え出すというプロセスは、戦後に日本が著しい技術革新によって先進国に登り詰めた時代には、多くのメーカーで行われてきたことだと、知識経営の権威である野中郁次郎先生は語っています。こうしたモノづくりのムーブメントをもう一度日本で起こすには、哲学の考え方を生かしたSECI(セキ)モデル(個人が持つ知識や経験を集約し、組織全体にノウハウやスキルを共有したうえに成立する新たな知識を生み出すための枠組のこと)を、日本全体に普及していく必要があると感じているんです。
――日本の製造業がグローバルな競争力を失いつつあるなか、さまざまな国内メーカーのコンサルティングを通じて感じた、それぞれの企業に共通する課題や問題点は何かありますか?
上館氏:職人といった個人が持つ革新的なノウハウが、うまく周囲にシェアされていないメーカーは非常に多いです。我々が目指す先に“知の民主化”という言葉があるのですが、知が民主化された状態というのは、職人が持つ属人的な知識・技術や、革新的なノウハウが広くシェアされ、多くの人が携わりながらそれを形にしていくことができる状態を指します。
国内には知の民主化が進んでいない“宝の持ち腐れ状態”に陥っている企業が多い印象があるので、まずは個人レベルで閉じられてしまっている知識やアイデアを、『哲学クラウド』のメインサービスである対話を通じて社内でシェアし、言語化や可視化していくことが重要ではないかと感じています。
哲学コンサルティングの企業連合を作り、世界レベルでSECIモデルを循環
――そんな『哲学クラウド』では、インハウス・フィロソファー(企業内哲学者)が、コンサルティングサービスを提供しています。大学院で博士号を取得した後に研究職を続ける「ポスドク」のキャリア支援の取り組みについても教えてください。
上館氏:研究職をされている方々にとっての問題は主に二つあり、一つは稼ぎが少ないといった経済的な問題、そして二つ目が専門性を生かした職業に就けないという問題です。これらの問題を解決するために、現在弊社では主に哲学や経営学の研究者の方々を雇用し、『哲学クラウド』におけるコンサルティング業務、そして自社の研究所での組織や人を対象とした研究を行ってもらっているのです。
こうした取り組みを行うことで、研究者の方々にとっては金銭面で困らなくなることはもちろん、弊社での活動がそのまま自身の研究実績にもなります。特に人文系の研究者の方は、自身の研究が社会の問題にどう紐づくのか具体的にわからないという人が多いのですが、うちでの取り組みに興味を持って、新しいものを生み出すためにタッグを組んでくださる研究者の方々も次第に多くなってきました。
――では最後に、『哲学クラウド』を「こういうサービスに進化させていきたい」などの最終的な目標や、長期的なビジョンがあれば教えてください。
上館氏:日本の各企業が持っている“隠れた知”を集約し、いい製品やサービスを生み出すための哲学的経営理論のようなものを形にして、それを日本企業全体でシェアしていくことが大きな目標としてあります。哲学理論の体系化やデータベース作りは、現在も取り組んでいるところではありますが、より具体的なサービスに適応できるまで進化させていくとともに、コンサルティング技術も高めていきたいです。
また日本のみならず、ゆくゆくは海外への事業展開も考えています。現在すでにオランダやドイツには哲学コンサルティングの会社が存在していますので、そういった会社と一緒にタッグを組んでいくことで、哲学コンサルティングの世界的な会社にしていくということも長期的なビジョンとして持っています。お互いの持っている知識を共有し合ったほうがうまくいくものなので、哲学コンサルティングの連合を作って、世界レベルでSECIモデルを循環させていければと考えています。
(取材=UNICORN JOURNAL編集部、文=瑠璃光丸凪/A4studio)