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もしOpenAIがグーグルからクロームを買収すると私たちのウェブ体験が激変?

2025.05.31 2025.05.31 20:08 企業
OpenAIの公式サイトより
OpenAIの公式サイトより

●この記事のポイント
・米OpenAIが米グーグルのウェブブラウザ「Chrome」事業の買収を検討していることが判明し、その成り行きが注目されている
・インターネットの入り口としてのクロームが、OpenAIの戦略上、価値が高い
・もし仮に実現すれば、OpenAIはChatGPTを標準の検索エンジンのような位置づけにする可能性

 米OpenAIが米グーグルのウェブブラウザ「Chrome(クローム)」事業の買収を検討していることが判明し、その成り行きが注目されている。昨年8月に米連邦地裁がグーグルが反トラスト法に違反しているとの一審判決を出し、先月(4月)から再び裁判の審理が行われており、司法省はグーグルに対してクローム事業の売却を要求している。その審理のなかで出廷したOpenAIの幹部が、クローム事業の買収に興味を持っていること、そして過去にグーグルに対して検索技術に関する協業を持ち掛けたが合意に至らなかったことを明かした。OpenAIがクローム事業の取得を狙っている理由は何なのか。また、もし仮にOpenAIがクローム事業を取得した場合、どのように技術開発・ビジネスに活用していく可能性があると考えられるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

●目次

圧倒的に大きな規模のチャネルを手に入れられる

 世界のウェブブラウザ市場におけるクロームのシェアは6割を超えており、司法省は独占状態にあるためグーグルはクローム事業を売却すべきだと主張している。一方、グーグルは、クロームは自社の他のサービス・ハードウェアと密接に結びついているため、分離すると消費者の利便性が損なわれると主張し、反対している。

 生成AIモデル・ChatGPTの開発元であるOpenAIが、クローム事業の買収に興味を持っている理由は何なのか。エッジAIプラットフォーム「Actcast(アクトキャスト)」を提供するIdein株式会社の中村晃一CEOはいう。

「ChatGPTは基本的にはブラウザベースで使うものなので、まず圧倒的に大きな規模のチャネルを手に入れられるという点があげられます。生成AIの普及で従来のウェブ体験が再定義されるという言説が最近、盛り上がっていますが、どういうことかというと、ウェブサービスの画面みたいなものがなくなって、基本的にはユーザは直接AIエージェントに問い合わせて、AIエージェントからサービスの機能やデータを持つMCPサーバーにダイレクトにアクセスするかたちになるという見方です。もし仮にOpenAIがクロームを取得すると、これが現実的に広がり、ブラウザをメインとする従来のウェブ体験そのものが刷新される可能性はあるかもしれません。ですので、インターネットの入り口としてのクロームが、OpenAIの戦略上、価値が高いのでしょう」

 では、仮にOpenAIがクロームを取得した場合、どのような活用・取り組みを進めると予想されるか。

「まず、クロームに標準搭載されているグーグルの検索エンジンをChatGPT独自の技術に入れ替えるといったことを進め、将来的にはクロームでのすべての検索についてChatGPTを通過させるようにするでしょう。要するにChatGPTを標準の検索エンジンのような位置づけにするということです。ブラウザというのは日々、膨大な量の情報を扱っており、そのデータにOpenAIはアクセスしたいでしょうから、例えばブラウザにAIアシスタントみたいなものを標準搭載して、ユーザがブラウザで見ている内容をサマリー・解説して返すとか、すぐにグラフを作成して表示させるといった、新しいユーザ体験をつくるかもしれません。こうしたサイクルによって、OpenAIとしてはChatGPTのユーザが増えますし、大量のデータも手に入れられる。そういう仕掛けを狙っているのかなと思います」(中村氏)

ユーザ体験が良くなるのかどうかは分からない

 インターネットの世界、もしくはユーザにとって想定されるデメリットはあるのか。

「従来の検索エンジン、ブラウザよりも、よりパーソナルデータにアクセスして、より高度な処理をするというかたちになっていくので、そこに対する懸念は高まるかもしれません。そのほか、今ほとんどのネットユーザがグーグルのブラウザに親しんでいるわけで、そこにChatGPTの検索エンジンがポンと入ってきたときに、ユーザ体験が良くなるのかどうかは、誰にも分かりませんし、損なわれる可能性はあるかもしれません」(中村氏)

 AI検索をめぐっては、その普及によって従来のネット検索におけるSEO対策が、あまり意味をなさなくなってくるのではないかという議論も出始めている。

「その傾向は出てくると思います。理由の一つは、AIエージェントは一瞬の間に裏で数十回の検索をかけているので、相対的に人間がやる検索よりもAIエージェントが行う検索のほうがボリュームが大きくなります。あとは、それだけAIエージェントというものが一般生活者によって使われるのかという話になりますが、あくまで私の実感としては、私自身や弊社の社員は、現在でもすでに、何か迷ったらとりあえず生成AIに聞いてみるという行動スタイルになっており、そういう行動習慣が広まると、その分だけブラウザ検索を利用する時間は減ることになります。現時点ではSEO対策の意味がないというところまでは減ってはいませんが、止められない流れではあると思います。そうなってくると、ユーザがAI検索を行った際に裏側でいかにMCPサーバーに価値のある情報を提供できるのか、といったかたちで、ウェブサービス側の戦い方が大きく変化してくる可能性はあるでしょう」(中村氏)

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=中村晃一/Idein代表取締役CEO)

中村晃一/Idein代表取締役CEO

中村晃一/Idein代表取締役CEO

1984年生まれ、岩手県出身。東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻後期博士課程にて、スーパーコンピュータの為の最適化コンパイラ技術を研究。AI/IoT技術を利用して物理世界をデータ化する事業にチャレンジしたいという想いから、大学を中退し2015年にIdein株式会社を設立。2018年には半導体大手の英ARM社から「ARM Innovator」に日本人(個人)として初めて選出された。
2024年7月より国立大学法人東北大学共創戦略センター特任教授(客員)。
プログラミング・ものづくりと数学や物理などの学問が好き。趣味でジャズピアノを弾く。
Ideinの公式サイト

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